2014年5月10日土曜日

今、自分はなぜトロンボーンを手に持ったのか?

2014年5月2日〜5月6日、静岡の御殿場で開催されたbodychance の「アレクサンダーテクニークミニフェスティバル」(合宿)に参加していました。

この合宿中に探求していたことは、「今、自分はなぜトロンボーンを手に持ったのか」ということでした。


合宿に行ったら、レッスンで演奏を見てもらうだろう、空き時間には練習するだろう、と当然のようにトロンボーンを背負って御殿場までやってきました。


2日目の朝、周りから楽器の音が聞こえてきて、「ああ、僕も吹かなきゃ。レッスン受けるし音だしをしとかなきゃ。」といそいそとトロンボーンを組み立てて、吹いてみると、
気分も体も重くなって、思うように音が出なくなってしまいました。
なんだか今日は調子が悪いなあ。


その日、レッスンを受けましたが、それもいまひとつ目的がはっきりしないままになってしまいました。(受講されてた方、貴重な時間をごめんなさい!)



自分は、何しに合宿に来たんだろう。もやもやとした1日を過ごし、その夜バジルさんに相談。すると、

「今日、そのとき、本当に楽器を吹きたかったかどうかが関係してるかもね。」
と応えてくださいました。


このとき自分の中で、必死に抵抗するなにかを感じました。
「吹きたくないわけないじゃないか!僕のやりたいことは、演奏することなんだ!」と、まるで自分のやりたいことを決めつけてしまっているように。
それが本当にやりたいことなのか?と問われると、なぜかつい耳をふさいでしまいたくなるのです。





楽器を吹くことは、僕の日常の中ではいたって普通の行為で、いちいち「今、楽器吹きたいの?」なんて考えていないわけですが、バジルさんとの会話から、「吹かない」という選択肢を用意してないというか、許していない自分がいることに気づきました。



翌日、本当に楽器が吹きたくなる衝動がわいてくるか、待ってみました。
時間が経つにつれ、「今日まだ吹いてないけどいいの?」「ちょっとくらい吹くべきだぞ!」って思ったり、不安になったりしたけど、どんなにざわざわしても、「吹きたい」と思うまで待ってみて、結局その日は1度もトロンボーンに触れませんでした。



「吹かない」という選択をできたんです。
別にどうってことないことかもしれません。でも僕にとっては新鮮で、
これほど「吹くか、吹かないか」で葛藤し心がざわついたことに驚きました。



そのまた翌日、クラスを聴講していて、他の受講者さんのレッスンでアンブシュアについてのアイデアをもらい、ぜひ試してみたくなり、トロンボーンを取り出しました。



トロンボーンを持ったとたん、「これを意識しなきゃ、あれも気をつけなくちゃ、いい音で吹かなきゃ、〜〜〜!」と、ほんとにたくさんの考えが起こりました。
そこでトロンボーンを手に持ったまま、少し時間をとってみました。



ちょっと待って、僕は何がしたくてトロンボーンを取り出したんだろう?
「さっきのレッスンで興味をもったアンブシュアのアイデアを試してみたかったんだ!」


純粋な興味から行った実験。
こうするとこんな音がなるんだな。
このするとこんな風に音が外れるんだな。たった5分ほどの時間でしたが、学びや気づきが詰まっていました。
たった5分だけど、吹き終わるととても清々しい気分になりました。
やりたいと思ったことを、自分で邪魔せずにできたんだなあ。



もしかすると、本番以外で楽器を吹く時間は、全て「練習」で「うまくならなくちゃいけない時間」だと思っていたかもしれません。
ただ演奏したい。だれかと演奏を楽しみたい。うまくなりたい。実験してみたい。曲をさらいたい。
など、ほんとはそのときそのときで様々な目的がありますよね。
どんな興味や衝動で、楽器を手にしたのかを大切にしたいと思いました。



もうひとつ、おもしろいと感じたできごとは、合宿中トロンボーンにはそんなに触れなかったけど、ウクレレを弾いたり、バラフォンという民族楽器を初めて演奏したりしていました。
音楽をしたいという衝動は、頻繁に起こっていたのでした(^^)



トロンボーンになると、つい「練習しなきゃ。もっとうまくならなくちゃ。」と習慣的な考えに入って、興味や目的のないままに吹きはじめていたり、せっかく湧いて来た興味を粗末にしていたんだなあと気づきました。



長いトロンボーンとの付き合いの中で、忘れていたことを思い出させてくれた合宿でした(^^)
どうやって自分の望みとつながるか。
この週末も、海外教師のルシアウォーカーさんのクラスを受講するので、ゆっくりと探求していきたいと思います。


















2014年5月2日金曜日

パート練習は間違い探し??

先日行った、吹奏楽部員のための「パート練習の進め方」講座からのまとめ、その②


・パート練習=間違い探し??

吹奏楽部の日頃の練習といえば、合奏や個人練習に加えて、パート練習(同じ楽器の人同士で一緒に練習する)やセクション練習(同属の楽器同士や、同じフレーズを担当する楽器同士で練習する)といった練習が一般的かと思います。

もちろん、そのやり方や目的はバンドによって様々だと思います。

パート練習やセクション練習の特長といえば、生徒だけで練習を進めていくこと。先輩になって、パート練習をどうやって進めていけばよいか不安になることもあるかもしれません。


パート練習の主な目的の一つは、同じ楽器同士のアンサンブルの向上かと思います。ハーモニーや音程、フレーズの歌い方、テンポ、リズム、サウンド、タイミングなどなど、意見を交わしたり、一緒に演奏することを重ねることで精度が増し、だんだん合ってくると思います。


さて、そのアンサンブルを合わせていく作業をパート練習の中で行うとき、
はじめからずれているところ・できてないところばかりを探そうとしていないでしょうか?


僕自身の経験ですが、はじめて先輩になったころ、パート練習をどう進めていけばアンサンブルをまとめられるのかわからず、とにかくずれているところを探して指摘するような傾向がありました。
1度演奏してみて、なんてコメントしてよいかわからないときは、さらに必死にずれているところを探してたように思います。さらには、指摘したところがうまくいっても、すぐに「でもここがダメだ、ここが合ってない」と別のダメ出しが始まるなんてことも。

もちろん、これはいい演奏にしたいからやっていたことで、僕にとってはこのやり方が、「真剣で、けじめのついた、ちゃんとした」パート練習だと思っていたのです。


けれどそうしてダメ出しばかりしていると、ダメ出ししている側も・される側も、緊張してのびのびと演奏できなくなってしまいます。
ましてや、はじめからできてないところを探されていると思うと、萎縮してしまうし、気持ちよく演奏できません。


アレクサンダーテクニークの教師養成過程の、「ティーチングメソッド」のクラスでこんなことを教わりました。

「ただ興味をもって、相手の話を聞き、相手の動きを観察する。」

これは、僕が楽器のレッスンをしたり、合奏指導をする際にもとても役に立っています。


これからパートで奏でる演奏を、どんな音がするかな?どんな風に聞こえるかな?と、ただ興味をもって聴いてみます。
すると、ダメなところを探していたときよりも、演奏をより全体的に聴くことができます。



思わずかっこいいなあ!と思ったり、きれいなハーモニーだなあと感じたり、ここは音程がずれているよね、とか、ここが合うともっと素敵だな、などなど。様々な情報を受け取ることができます!いい面に気づくこともできれば、ずれている部分に気づくこともできます。
いい面もよくない面も全て含めた、今の自分たちの演奏が聞こえてきます。

そうすると、そこからどんな演奏にしていきたいかな?という視点で考えやすくなります(^-^)
また、音程やリズムといった部分のみにとらわれないで、音楽全体が聞こえてくるので、曲に対するイメージも膨らみやすくなるのでは!


この、「どんな演奏にしたいか」っていうイメージはアンサンブルをまとめていく上で大切なものだと思います。そのイメージが、方向性を示してくれるからです。


また、できてないところをお互いに教えあうことは必要だと思いますが、いいところ・できてるところもなかなか自分では自覚してないことが多いので、お互いに「ここがよかったと思うよ」と言いあえると、より自分の演奏を客観的に考えることができますね(^-^)

特に、一年生や楽器を始めたばかりの人は、演奏がよかったのかどうか自分で判断することは難しいので、よかったところや、上達しているところを伝えることは、先輩としてとても大切な役割だと思います。















2014年5月1日木曜日

失敗できる練習環境にしよう!

先日、母校の吹奏楽部を訪ねて、「パート練習と先輩・後輩の関係」について講座をさせていただきました。

僕自身が学生のころ、優秀な後輩だったわけでも、優秀な先輩やパートリーダーであったわけでもありませんが!
なぜこのテーマで講座をしたかというと、今年の母校の定期演奏会で指揮をさせて頂くことになり、合奏練習に参加したときのこと。
合奏が始まる直前まで、生徒たちの音だしや練習をする音が、とても活き活きとして、楽しげで、どんな合奏になるのか楽しみにしていたのですが、いざ合奏を始めてみると、それまでの活き活きとした音ではなくなってしまったのです。
なんだかそれまでよりも「縮こまった」印象を受け、違和感を感じました。この違和感はもしかすると、自分が学生のころから抱いているように思います。
もちろん合奏のほうが緊張することもあるだろうし、会ったばかりの指揮者ならなおさら。僕の指揮の力量にもよるだろうけど、僕が感じた違和感はそれだけではないように思えたのでした。
そこで、普段の練習環境について、生徒たちと考える時間を作ってみたかったのです。


・失敗できる環境=失敗そのものが学びになる練習にしよう!

合奏のときに感じた違和感の一つが「失敗、またはまだできていない=誰かに迷惑をかけてしまう、だから失敗しちゃいけない/したくない」という空気でした。(あくまで僕自身が個人的に感じたことですが。)

生徒たちに「失敗」についてどんな印象をもつか訪ねてみたところ、意外にもポジティブな意見が多く返ってきました。
「失敗は次につながる、活きる」
「失敗をしながら成長する」
といった意見です。

失敗には、成長に不可欠な情報がたくさん詰まっていると思うんです!

失敗は、「やろうとしていることと、実際に起こったことが違う」ことを教えてくれ、やろうとしていることを実現するやり方について、様々な情報を与えてくれています。

まだ出せない音域や、まだ吹けないフレーズにチャレンジするときにも同様のことが言えると思います。

たとえ意識していないとしても、私たちは失敗から受け取った情報をもとに、次に実行するプランを構築しています。

ですが、「失敗しちゃいけない」「迷惑をかけちゃいけない」という考えにとらわれてしまうと、もともとの目的を歪めてしまい、本来成長(目的)につながるはずの失敗が、活かせなくなってしまうことがあります。
つまり、「失敗しないように」や「迷惑をかけないように」演奏することは、もともと本来の目的ではないはずです!

失敗自体は自分のためにもバンドのためにも、いい働きをしてくれるものではないかと思います。
もちろん、誰だって失敗したいわけではありませんよね。悔しかったり恥ずかしかったりするのも自然だと思います。
けれど、演奏に関していえば、誰かの迷惑になるものではありません。
望んで起こすものではないけど、起きたら歓迎してみましょう!


自分に対しても、仲間や後輩に対しても、「失敗してもいい」と許しを出して、「こんな演奏がしたい」という目的を持ってチャレンジし続けられる練習にしていきたいですね!

この記事を書きながら、小学生のころ休み時間に校庭でサッカーをしていたときに、サッカーが大好きな友人が、シュートを外したり、相手にボールをとられてしまう僕に対して、いつもすかさず「ドンマイ!!」とフォローしてくれていたことを思い出しました笑

吹奏楽は演奏中は話せないし、部活だと合奏中に話しにくい雰囲気があったりして、ある意味孤独ですよね。だからこそ、自分に対して「失敗してもいいから、やってみよう」と励ましたり、パート練習の中で仲間をフォローしたりコミュニケーションをとることは大切なのかもしれません。


以前は、僕自身演奏するとき、失敗に対してとても神経質で、「失敗しちゃいけない」と考えていました。「失敗してもいい」と言われても、そんな甘くちゃ上手くなれないよ!って思っていました。けれど今の自分にとって「失敗してもいい」というのは、リスクを冒すことで、自分のやりたいことと向き合うことで、自分にとって本当に必要だった厳しさなんだと思います。






2014年4月22日火曜日

あがり症がだんだんよくなってきた②

先日のブログ(こちら)にも書きましたが、長年苦しみ続けた「あがり症」が、時間をかけてゆっくりとよくなっています。

「よくなった」というのは、あがらなくなる、緊張しなくなる、ということではありません。今でも本番ではとてもあがります。けれど、緊張しながら、自分の実力を発揮できたり・その場の演奏を楽しめるようになってきているのです。
アレクサンダーテクニークを学ぶ過程で、何があがり症の役に立っているのか、すこしずつ整理していこうと思います。


あがりがひどかったころ、こんなことに困っていました。

「本番になると、いつもと全然違う感覚になり、これで演奏できるのかと不安になって頭が真っ白になってしまう。」

いつもと同じ感覚・感じで演奏しようとしても、舞台に立つと、自分の身体の感覚・楽器を持つ手の感覚・マウスピースが唇に触れる感覚・聞こえ方などがガラリと変わって、音の出し方さえわからなくなってしまうことがありました。
このため、当時はいくら練習しても、本番では感覚が変わり頭が真っ白になって吹けなくなるんだ・・・という怖さをいつも感じていました。



さて、本番になると感覚が変わるのはなぜでしょうか?
これは、アドレナリンによる作用が関係しているそうです。
体内でアドレナリンが分泌されると、心拍数や血圧があがり、興奮状態・体が活性化した状態になります。この状態が、いわゆる緊張とよばれているものですね。
このアドレナリンは、感覚器官の感度をあげる作用もあるそうです。



つまり普段よりも敏感に、感覚から受け取る情報が増えるのですね。
なので本番になって、普段は気付かない、または気にしていないことにも、気づきやすくなっています。
アドレナリンは、これから行う演奏で、自分の能力を最大限発揮できるよう、体を活性化させる役割を果たしてくれています。なので本番前の緊張(どきどきやそわそわ)・いつもと違う感覚になることは自然なことですし、望ましいことでもあります。



以前の僕は、本番の時、
「いつもと感覚が違う」=「おかしい・調子が悪い・間違っている」と考えていました。

ですが、アドレナリンの作用で感覚器官の感度が高くなっているのであれば、
いつもと同じことをしていても、受け取る感覚は違ってきます。
つまり、「感覚」によって「正しい・いつもの調子」か「おかしい・調子が悪い」かを判断することは、あてにならないことがあるのです。


このことは、僕がこれまで本番で、練習のときと同じ感覚を再現しようとしていたことと、それが実際には役に立っていないことを教えてくれました。
そして、演奏しているときの「感覚」ではなく、演奏するために行っている「やり方」や、音を出すための「吹き方」に注目してみることにしました。


・自分は、自分の体をどんな風に使って演奏しているのだろう?


例「左手でトロンボーンを持ちあげて、マウスピースを口にくっつけて、口を閉じて、息を吐く。」


とてもシンプルで、当り前のことですが、こんな風に「楽器を吹く」という行為を、具体的な動作として考えてみることで、それまでの奏法に対する混乱した考えから解放されて、音を出すために必要なことを、改めて理解していくことができました。
逆にこのシンプルな動作を理解すると、実際には、身体が色々な複雑な動作をしているらしいことがわかるようになってきました。
考えはじめた頃は、練習でもまともに音がでなくなっていたので、「これだけで音がでるんだ・・・!」
とあっけにとられたことを覚えています。




・何をすれば出したい音・吹きたいフレーズが吹けるだろう?


上に書いた動作だけでは、ひとつの音を奏でることはできても、曲を演奏することはできません。
出したい音域によって、何をすればいいのか、音程を変えるために何をしているだろう、リズムを演奏するためにどこが動くだろうか?
こんな風に考えることは新鮮でした。考えなくてもこれまで演奏できていたし、あまりにも「当たり前」に感じることだったからです。それに、今まで「できない原因・うまくいってないところ」を探すのには慣れていましたが、「何をすれば」と考えることはあまりなかったように思います。


「(イメージしている)この音を出すために、マウスピースを口にくっつけて、スライドをここまで動かして、こう息を吐く。」など

こうして曲を演奏するための、その音ひとつひとつの出し方・基礎的な技術を確認し、繰り返し練習していくと、本番の緊張状態の中でも、音の出し方を理解しているので、感覚の違いに混乱することは減り、結果的に音楽に集中しやすくなりました。




森岡 尚之 / モリオカ ナオユキ
トロンボーン&金管トレーナー/アレクサンダーテクニーク教師養成コース在籍
プロフィール
アレクサンダーテクニークとの出会い

レッスンのご依頼について















 





2014年4月14日月曜日

あがり症がだんだんよくなってきた。

「あがり症がだんだんよくなってきた。」

大阪音楽大学トロンボーン専攻を卒業し、現在Bodychanceアレクサンダーテクニーク教師養成コースに在籍している森岡尚之です。
僕は、高校生の頃に初めて「あがり」を経験し、音大に入学してからの4年間、練習を重ねても本番では「あがって」しまい自分の実力を出し切れず悔しい思いや、みじめな思いをしてきました。
さらに、「あがって」いるときの自分のボロボロの演奏が、自分の実力だと思い込んでいました。
そのために、普段から自分の演奏に対して、かなり否定的になっていました。
自分を精神的にも、肉体的にも痛めつけるような練習を繰り返し、本番ではあがってしまい普段できていることの半分も出せない本番も多々・・・そんな悪循環は、「もう楽器をやめたい」と本気で考えるまで自分を追いつめていました。

 

ここまで悩んでいながら、他人に相談することはありませんでした・・・
「あがり症」に対してネガティブなイメージを持っていたので受け入れることができなかったのです。

・音大生なのに「あがり症」なんて・・・
・「あがり症」=本番で必ず失敗する=使えないヤツ

こんな考えが先行してしまい、先輩にも先生にも、同級生にも親にも相談できませんでした。
相談したら相談したで、「君には向いていないんだよ」と引導を渡されそうで怖かったのかもしれません。



しかし、大学四年間の集大成といえる卒業試験で、ちっとも納得のいく演奏ができなかった僕は自ら「音楽をやめよう」と思いました。
けれど、こんな状態だけれど、音楽が好きで、続けていきたいという気持ちは残っていました。
そんなとき、ある怖い疑念が浮かびました。
「たとえプロを目指すことをやめて、趣味で音楽を続けていきたくても、あがり症である限り、音楽を楽しむことはもうできないかもしれない・・・」



なんとか音楽を続けていける道をさがしてみよう!「やめる」代わりに、少し休もう。
休みながらでいいから、楽器と、自分と向き合おう。
その年に、出会ったのが「アレクサンダーテクニーク」。
ホルン奏者で、アレクサンダーテクニーク教師の資格を持つバジルクリッツァーさんのブログを読んだのがきっかけでした。
自分が探していた「あがり症を克服する方法」が見つかるかもしれない、わずかですが可能性が見えてきた感じがしました。



アレクサンダーテクニークを学びはじめ、その中で大きな発見がありました。

これまで僕は、人からどう評価されるかが、怖くて怖くてたまりませんでした。
・もし、本番で失敗してしまったら、周りからの信用を失って、もう出演の誘いは来なくなる。
・せっかく聴きにきてくれた友人はがっかりしてしまう。
・「あがり症」だと思われたら、音楽家として終わりだ(?)


しかし、実際には、
・本番で失敗してしまったとしても、同じ演奏会の出演の誘いは頂いたことがある。確かに誘いが来なくなる可能性はあるかもしれないけど、全てがそうではなかった。
また、他の人も同様に、失敗をしても再びチャンスをつかんでいる。
・聴きに来てくれた友人は、自分が気にしていた失敗よりも、ほかの部分を評価してくれていたことがある。
・自分の身近な魅力的な演奏家で「あがる」人は多い。有名な奏者でも「あがる」人はいるという話を聞いた。


つまりこれは、自分が本番前にそう思いこんでいることが、100%本当ではないということ。
ではなぜ、これらのことを、絶対だと信じ込んでいたのだろう。
その裏に根ざしていたものは、
・もし、本番で失敗してしまったら、「僕は」自分を信用しない。「自分は本番で失敗するから、依頼を引き受けるべきじゃない」と自分に囁くだろう。
・失敗したら、「僕は」自分にがっかりする。
・僕が「あがり症」だと認めてしまったら、もう終わりだ
という「自分の自分に対する評価」が原因だったのです。


この事実を知ったとき、大変ショックを受けました。
ショックでなのか、気づくことができてなのかわかりませんが、泣きました。
自分にこんな評価を下していたことも、それを他人のせいにしていたことも辛くなりました。
実際にあがりがひどかったころ、人間関係にも支障をきたしていたのです。


ですが、ひとつだけはっきりとした「希望」を見つけました。それは、
他人からの評価なら、変えることはできないけれど、自分が自分にしている評価なら変えることはできるのではないか!と思ったのです。


そうはいっても、現時点で自分に信用がなく、自分の演奏も大嫌いだったので、変わるには少し時間がかかりました。
本番であがる大きな原因としてあげられるのは、自分の実力を過小評価したり、実力以上のことをやろうとしていたことでした。


そこで最初にしたことは、「今の自分にできることとできないことを知る」ということ。
ただできるという事実とできないという事実を知るだけ。
できているという事実を否定しなくてもいいし、できないことを非難しなくたっていい。
これは、練習の効率を上げるのにも役立っています。
これをすることで、自分の今の技量に信頼を持て、その信頼は直接本番に繋がるようになりました。


僕の場合、「他人からの評価」ではなく、「自分からの評価」が演奏する自分に大きなストレスと、緊張を引き起こしているのだと知ったおかげで、自分自身が自分のやりたいことに協力的になれるように考えたいと思えるようになりました。
「あがり」とは、これからも長く付き合っていくだろうし、緊張しないことはないと思うけど、自分に協力的でいることで、緊張しながらでも、本番で自分の力を出せるようになってきました。

「健やかにトロンボーンを吹く」という目標を掲げて、約一年。
ほんと、健やかになってきています♪






森岡 尚之 / モリオカ ナオユキ
トロンボーン&金管トレーナー/アレクサンダーテクニーク教師養成コース在籍
プロフィール
アレクサンダーテクニークとの出会い

レッスンのご依頼について

2014年3月30日日曜日

背中を「まっすぐ」にしなくてもいい

3月、海外から日本へトミートンプソンという素敵なアレクサンダーテクニークの先生がいらっしゃいました。
レッスンで、トロンボーンを演奏しました。
すると、トミーから一言。
「君はまるで演奏する前から、今日の演奏がどんなものになるか知っているように見えたよ。」

たしかに、レッスンでは、みんなが見てる前で、一人演奏するから緊張していました。
緊張すると、いつもこんな演奏になるんだよなー。と吹く前から考えていました。

「楽器を構えるときにね、演奏がこうなるに違いないという感覚を持たないでほしいんだ。あたかも初めてその楽器を手にしたときのように。これからどんな音が聞こえるのか、決めつけないで演奏してみて。」

とても吹きやすくなりました。体が楽で、息が吐きやすくて、音程がクリアに、そして響きも増えました。
たったこれだけのことで、どうしてこんなに変わるの!?
トミーとのレッスンで何が起こったのか・・・わかったような、わからないような・・・

トミーは、演奏に対する「思い込み・先入観・習慣」を持たないでいることを
「定義を保留する」と言っていました。


レッスンを受けてから、数日間、一人で練習するときにもトミーから教わったことを考えながら、練習しました。
が!レッスンのようにうまくいかず、ちょっと吹くと背中が痛くなってくるのです。
どうしてだろう?


無意識のうちに、定義を保留することができれば、体は楽になり音もよくなるはずだ!という新しい定義をつくっていたのです笑
そこで、改めて、「こうなるに違いないという感覚を持たずに、これからこの楽器からどんな音が聞こえてくるだろう。良いとも悪いとも限らない。」と思うと、
トミーとのレッスンのときには、気付かなかったことが起こりました。

背中のつっぱりがふっと緩んで、胴体がとても楽になったのです。
そのまま演奏してみると、さっきまでの不調がうそのように、気持のいい響きが聞こえました。


そうか。自分の持っている定義(習慣的な考えや先入観)が、自分の体の使い方に影響を与えているのかも!


それから、気持よく吹けたり、背中が痛くなったりを一週間ほど繰り返していました。
演奏するとき、無意識のうちに背中を突っ張らせて、それが背中痛を引き起こしたり、演奏の邪魔になっていることはわかったのですが、その背中を突っ張るという動き自体、いつからやっているんだろう??観察してみます。

楽器を演奏しはじめたとき?
楽器を構えるとき?
楽器を手に持ったとき?

にはすでにやっているな~・・・

じゃあ、楽譜を用意しているとき?
譜面台を組み立てている時?
楽器をケースから出している時?

このあたりから、すでに姿勢を意識して背中をまっすぐにしようとしてるかも・・・
でも一番最初に変化が起こるのは・・・

部屋に入って、「さーこれから吹くぞ」と思ったときでした・・・!たしかに背中が少し動いて、いわゆる「気をつけ!」の姿勢をやろうとしていたのです。


いい演奏をする→背中はまっすぐ、正しい姿勢で!という、自分の定義が見つかりました!そして
その「演奏モード」は、実際に楽器を演奏している時よりもっと前の、部屋に入るときや、「演奏」のことを考えたときにすでに始まっていることがわかりました!

じゃぁ、これからは、その定義を保留して、「別に背中をまっすぐにしなくても演奏できるんだぞ~。背骨はもともとカーブしてるんだぞ~」と改めて自分に教えながら演奏すればいい。

そうすることで、音は以前より豊かになったし、背中の痛みもほとんどなくなりました。

ひきつづき観察していくと、「演奏モード」(気をつけの姿勢)の度合や始まるタイミングは、僕の場合シチュエーションによって違うことがわかってきました。

たとえば本番の日は、朝起きて朝食を食べているときから、「演奏モード」になっていたり。
人前で演奏するときは、「演奏モード」の度合を強くしようとしてたり。
フォルテや、ハイトーン、テンポの速い難しい曲のときにも「演奏モード」が強くなったり。

この、自分の習慣的な動きが、いつのタイミングで始まるのか、気づくと新しいプランが使いやすくなります。


僕にとっては、以前採用していた演奏モード=気をつけの姿勢は、背中痛を引き起こし、体を固めて逆に演奏しづらくなるように作用していました。
トミーの「定義を保留する」という考えは、とても役に立っています。






森岡 尚之 / モリオカ ナオユキ
トロンボーン&金管トレーナー/アレクサンダーテクニーク教師養成コース在籍
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レッスンのご依頼について

2014年3月13日木曜日

ピッチを含む、『音』全体でチューニング!



先日、母校の吹奏楽部へお邪魔し、合奏で指揮をさせてもらいました。
時間よりも早く着いたので、合奏前のチューニングから参加することに。

せっかく演奏会で指揮をさせてもらうのだから、一人一人の音を聞いてみたいし、なにか一言二言話してみたかったので、各楽器ごとにB♭の音を吹いてもらいました。

サックスパートにB♭の音を吹いてもらっている時に、なんだかあとちょっとで合いそうなのになかなか音が合わないんです。
どうしたらいいかなあ…と思い、生徒に、

『チューニングって何をすることかなあ?』と聞いたら、

「音程(ピッチ)を合わせることです」

うん、違いない!と思います。
でも聞こえているのは、ピッチだけ??

音程は、その音を構成する一つの要素にすぎないのでは?
つまり、聞こえているのはピッチだけではなく、音色や響きや音量などを全て含んだ『音』なんです。

なのにチューニングになると、『音程』という1要素を強烈に意識するからか、音色や大きさ、響きなどの他の要素を一切シャットダウンし、音程のみにフォーカスしようとしてしまうのかもしれません。
もちろん私達はふだん『音』全体を聞いているのだし、『音程』だけを聞くのは現実的に無理なのではと思います。


そこで、
『隣から聞こえる音は、どんな音程・音色・響き・大きさだろう??音程を含めた音全体を聞きながら吹いてみよう。』

と提案してみると、すぐに変化が出ました!
音程は合ったし、一人一人の音の方向性がはっきりとして、サックスパートのサウンドの存在感がぐんと増えました!

さらに、全体を見ていくと、
隣から聞こえてくるその音を、奏でているのは誰?
今日はどんな髪型をしてる?
どんな服装だろう?
今日はどんな部屋で吹いているんだろう?

なぜここまで含めるのかというと、合わせようとしている『音』は目に見えないからです!
目の仕事は『音』を見ることではなく、楽譜や指揮や客席、目の前の景色、一緒に演奏する共演者達を見ることだと思うんです(^^)


その場の思いつきのアイデアでしたが、おもしろい体験になりました。
僕自身も、学生のころ、今思えば『音程』だけにフォーカスしていたと思います。
それにしても、学生時代、チューニングのピリピリと張り詰めた時間がなんとも苦手だったなあと、しみじみ思いました笑



森岡 尚之 / モリオカ ナオユキ
トロンボーン&金管トレーナー/アレクサンダーテクニーク教師養成コース在籍
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レッスンのご依頼について