2014年1月26日日曜日

見通しをたてる

昨日はソロの発表会で演奏でした。

僕の出番は17時10分ごろなので、それまではアレクサンダーテクニーク教師養成の授業に出ることに。
いつもなら授業の中でレッスンを受けますが、本番当日ということもあり、僕自身が考えてきたプランもあるので、今日はレッスン受けなくていいやと決めていました。

お昼すぎから、急にソワソワし始めて、「ああ、緊張してきたなあ。」と思いながら午後の授業が始まりまして・・・
講師のユズル先生から、「今どんな感じですか?」と聞かれ、

『ソワソワしています。』と答えると、

「どこがソワソワしてますか?いつまでソワソワしているの?」とユズル先生。

どこがソワソワ?ソワソワをいつやめるかって?そんなこと考えたことありません。
それにソワソワをコントロールすることなんてできないじゃないか、と思いました。


僕は、『今はこのソワソワのまま、いたいです』と答えると、


「今、ソワソワでいたいんだね、そのあとは何をするの?」

『・・・・・・?』


・・・「見通しは立てた方がいいと思うんだ。」ユズルさんの質問は続きます。


「何時に、ここを出て会場に向かうの?」

『3時です。』

「ここから会場へどうやって向かう?」

『歩いていきます。』

「この建物からどうやって出る?」

『スタジオを出て、エレベーターでおりて・・・玄関から』

「会場までの道順は?」

『玄関を出て、右に曲がって・・・御堂筋沿いにしばらく歩いて、信号を渡って・・・・建物に入ったらエレベーターで・・・』
このとき僕はこの質問意図が全くわかりませんでした。わけもわからず質問に答えていきます。

「着いたら何をする?」

『まず客席に行って、ほかの人の演奏を聴きながら、どんな空間かよく見ておきたい。出番の1時間前になったら、下の階の控室で、音出しとリハーサルをして、出番の10分前にはエレベーターで会場に戻り、前の人の演奏が終わり拍手が聞こえて舞台から降りて来られたら、僕は舞台の上に行き、譜面を置いて、おじぎをして、お客さんの顔を見て、それから伴奏者にアイコンタクトを送り、演奏を始めます。』

「それで、演奏がはじまったら?どんな音楽なの?」

『えっと・・・2小節の前奏を聴いてから演奏を始めます。最初は憂鬱な響きのするバラードで、・・・かっこいいカデンツァがあって、テンポが速くなる部分はピアノもトロンボーンも軽やかで楽しくて・・・最後はたたみかけるように終わりたい・・・』
うまく言葉にできないながらなんとか話し終えました。

そこでユズルさん、「今、どんな感じがする?」と初めの質問に。


・・・漠然としたソワソワや不安がすっかり吹き飛んでいました。
これから、演奏までの見通しを詳しく言葉にすることによって、安心できました。


最後にユズルさんから、こんな質問。《見通し》の続き。
「演奏を終えた後、どんな気分になりたい?」

『・・・わかりません』と答える。

「いい気分になりたくない?」

 
『いやな気分になるかもしれない』

「今質問しているのは、どうなるかの予想ではなくて、どうなりたいか。それは自分で決めていいんだよ。」

なぜだか、考えたこともなかったというか、いつも根っこには悪いイメージがこびりついていたんだと思います。「演奏が失敗して、落ち込んでいる自分、気分も最悪」なイメージや予想ばかりしてしまうのです。

それを話すと、
ユズルさんは、「それも、習慣なんだ」とニコッとしながら言ってくださいました。


達成感、やりきったぞという気分になりたいと、ふと思いました。


最後にどんな気分になりたいか?
実際にはどんな気分になっているかわかりません。
けれど僕ははじめから「気分が落ち込む」イメージを持っていたために、知らず知らずのうちにそういう結果に自ら向かっていたのかもしれません。
「どうなりたいか」を考えることにより、積極的に「演奏」に臨むことができました。






本番まで、この『見通しをたてる』を何度か繰り返しました。
もちろん現実は見通し通りに進むわけではありませんが、あらかじめ考えて置くことでいくつも役に立つことがありました。

演奏前、ほかの人の演奏を聴く、と決めたこと
ぼくはどちらかというと本番前、人の演奏を聴きたくありません。でもほぼ絶対に聞こえてきます。
控室から漏れる演奏、会場から・モニターから聞こえる演奏、ステージ袖で聞こえる演奏。
聞かないでいる方が難しいと思います。
普段なら、「聞きたくないけど、聞こえちゃう!みんなうまいなあ!どうしよう!!」とかってなるんですが、あらかじめ聞くと決めておくことで、以外にも人の演奏を楽しんで聞くことができました。


ステージに出たら、おじぎして拍手を頂く、それからお客さんの顔を見る、と決めたこと
拍手を聞くと、どう反応してよいかわからなくなったり、拍手が止んで演奏が始まるまでの時間も、いつも僕はふわふわして居心地の悪い時間を過ごしていました。
ステージにでてから、演奏が始まるまでの見通しをたてておくことで、気持は演奏に向かい続けることができました。


これから演奏する音楽の見通しを、考えて言葉にしたこと。』
自分が一番好きなフレーズや一番の聞かせどころ、各部分のキャラクター、ストーリー。たぶん言葉では表現しつくせないけれど、言葉にしてみる。
正しさも、センスの良さも必要なく、自分の持っているイメージを、自分の持っている言葉の中から選んで表現する。僕の想像では、これは「その時、自分にできることを選択する」力になると思う。
本番中も、どう演奏したいか、より鮮明に思うことができました。



当初は、レッスン受けないぞと思っていましたが、結果的にユズルさんのレッスンで多くのことを学ぶことができました。
本番も、何度か手や口が震え、「あがり」に呑まれそうになりましたが、最後まで自分の音楽と向き合い演奏し続けることができました。



森岡 尚之 / モリオカ ナオユキ
トロンボーン&金管トレーナー/アレクサンダーテクニーク教師養成コース在籍
プロフィール
アレクサンダーテクニークとの出会い

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2014年1月23日木曜日

『今ここ』は安全。

今読んでいるThe Artist'wayという本の中に、
「私が今いるこの瞬間は、つねに、私にとって唯一、安全な場所だった。その瞬間瞬間は必ず耐えられた。」という文章があって、それがなんだかとても印象的でした。


アレクサンダーテクニークを学ぶ中でも『今ここにいる』という言葉をよく聞きます。
けれど僕はその意味がいまいちよくわからないでいます。
『今ここにいる』ってなんて当たり前なことを言うんだろう。それとも極めた者がやっと辿り着ける悟りの境地なのか・・・いつもあれこれ考えては、よくわからないままなんです。


でも、最近自分が、ほとんどの時間『今ここにいないこと』に気がついたんです。
特に演奏中の自分は、『今ここにいない』ことが多い。
「心ここにあらず」といった感じですね。
では、いつどこにいるのかというと、たぶん未来と過去をいったりきたりしているんだと思います。
どういうことかというと、先に待ちかまえていることや、済んだことにばかり気をとられているんです。


未来と過去のことを考えるのは、危険というか、不安で怖いことが多いです。
例えば、
・次のハイトーンはずれたらどうしよう?
・息がもつかどうか
・スタミナ最後まで持つかなあ
・失敗したり、演奏が止まってしまったらどうしよう
・信頼を失ってしまわないだろうか
・仕事がこなくなったらどうしよう
(これらは未来のこと。不安で仕方ありません・・・!)

・ウォームアップが不十分だったかもしれない
・十分なブレスがとれたかどうか
・リハーサルで吹きすぎたかも・・・
・音を外してしまった
・アンサンブルが乱れてしまった
・さっきの失敗は、どう思われているだろう
(過去のことは未来の不安につながっていくように思います)


これらのことに気をとられていると、居心地が悪く不快で、自分の実力を発揮できません。
未来の不安や、過去の失敗に目を向けていると、演奏している時間がとても怖くなって体が固まってしまいます。
あがり症になったころから、このような体験を何度も繰り返してきました。



『今、この瞬間に注意を向ける』
それは今この瞬間に見えるもの、聞こえる音、自分自身に気づくことなのかなあ、と思います。
確かにそこには、今一番必要で、確かな情報がある。
演奏前にハプニングが起こったとしても、どこかで失敗するかもしれなくても、その瞬間瞬間を演奏することはできる。だから『今ここ』は一番安全。

まだまだ考えはまとまらないけど、そんな風に考えながら、今度の本番に臨んでみたいと思います。


森岡 尚之 / モリオカ ナオユキ
トロンボーン&金管トレーナー/アレクサンダーテクニーク教師養成コース在籍
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2014年1月10日金曜日

演奏中の脚を動けるように。



今日は2014年一発目のボディシンキングのクラスでした。
今日のテーマは股関節。

ボディシンキングのクラスは一年かけて頭と軸(脊椎)から始まり、発声と呼吸、腕・手、脚・足について学びます。
ちょうど今は脚について学んでいるところ。

というわけで、今日のクラスでは、トロンボーンを演奏する時の脚の動きをみてもらいました。

前々から、演奏中ひざがつっぱって脚全体を不要に固めている自覚はあったのですが、どうすれば余分な力をゆるめることができるのかわからないでいました。


演奏しているところを見てもらうと、『体重を脚の内側同士で支えているのではないか』というフィードバックを頂きました。

体重は脊椎の前側である脊柱を伝わり、骨盤から両脚の骨に伝わっているのですが、脚の内側で支えようとしていたことで重さが効率良く伝わらず、結果的に関節を固めることで頑張って支えていたのかもしれません。

ひざがつっぱったり、股関節・脚全体を固めていたのには、そうせざるを得ない理由があったんですね。『固まっている』という《症状》自体をどうにかしようとしていたけれど、それを引き起こす《原因》にカギがあるようです。

そこで『体重は脊柱を伝わり、骨盤から両脚の骨に分かれて、脚の外側を伝わっていく』と想像してみると、固めていた股関節もひざも緩んで自由になりました。


今までは、自分の身体を支えるために関節を固めて、筋肉が頑張っている感覚でしたが、骨格が身体を支えてくれているという、安心感が得られました。


今回レッスンで脚についてみてもらったのは、演奏と脚の動きがどう関わっているのかという単なる好奇心からだったのですが、股関節とひざが緩むと、呼吸がとてもラクに、しやすくなりました。


さらに詳しく探求していきたいテーマです。
ひとまず今日は、脚を動けるようにするプランが見つかり、よかったです(^^)


森岡 尚之 / モリオカ ナオユキ
トロンボーン&金管トレーナー/アレクサンダーテクニーク教師養成コース在籍
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2014年1月5日日曜日

クレッシェンドのテクニック

私たちは音楽を演奏するために様々なテクニックを、演奏体験や練習を繰り返して身につけています。例えば演奏中にクレッシェンドしたいと思えば、ほとんどの人が難なくできると思います。

頭の中で鳴っている音に従っているだけで、もしくはクレッシェンドしよう、音楽を盛り上げよう、音を大きくしよう、そう思うだけでクレシェンドという表現をごく自然に行えているのです。
クレッシェンド=だんだん強く、大きく・・・つまり音を大きくするためにはああして、こうして・・・なんて演奏中考えていませんよね。考える暇もありません。

音をだんだん強く/大きくしていく方法をすでに身につけていて、演奏中に瞬時にその方法を選択し、実行しているのだと思います。


しかし、必ずしも「やりたいと思っている表現」と「実際の演奏」が一致することばかりではありません。


そこで、
・理想のクレッシェンドを表現するために、
・クレッシェンドを効率よく行うために、
・よりラクに行うために、
音を大きくしていくための方法を知っておくことは、とっても役に立ちます。

私たちが普段意識しなくともできているクレッシェンド、実際にはどんなことをしているのでしょう?

◆息と口の連携プレイ!

チューニングB♭でもFでもなんの音でも構いませんので、ある音をロングトーンします。
口・唇はいっさい変えずに、息の量をだんだん増やしてください。

どんなことが起こりますか?
口・唇をいっさい変えずに、息だけ増やしていけば、音程がだんだん高くなり、やがて上の音にひっくりかえります。


次は、先ほどと同じ音で、ロングトーンします。
今度は、息の量はいっさい変えず同じ量で、口・唇をだんだん緩めてください。

今度はだんだん音程が下がって、さらに続けると下の音に変わります。


では、この二つを組み合わせます。
ある音をロングトーンします。
息を増やしながら、口をだんだんゆるめてみてください。
うまく連携できるとクレッシェンドになると思います。


ただ息を増やしていくだけでは、音程が高くなっていきます。
同じ音程を維持し、音を大きくしていくために、息の量を増やしていきつつ、それに連携して口・唇は緩んでいきます。
特に口を緩めているというのは、普段意識しないことかもしれませんね。
クレッシェンドするときに、音が思うように大きくならなかったり、力んだ音や響きが損なわれてしまう場合は、「口を緩める」ことを意識すると、きれいにクレッシェンドできます。


こうした仕組みや、やり方を理解していることで、
・より効率的になる
・表現の幅や種類を広げることができる
・よりラクになる
・生徒や後輩の指導で役に立つ
などメリットがあります。
試してみてください♪



森岡 尚之 / モリオカ ナオユキ
トロンボーン&金管トレーナー/アレクサンダーテクニーク教師養成コース在籍
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2013年12月26日木曜日

音を支えているのは、体の「動き」

吹奏楽や管楽器指導のなかで「音を支える」という表現をよく耳にします。
一定の音色・音量・音程・響きを保持するために「支える」という表現が使われているように思います。


「支える」という言葉にどんなイメージを持ちますか?
僕は、建物の土台とか、「がっちりした・固定的な・動かない」ものを連想します。
「支える」という表現は、イメージとしてわかりやすい反面、「固定的で動かない土台」というイメージを奏法に持ち込んでしまう可能性もあると思います。


「音を支えること」ができているかどうか、どのように判断しますか?
僕の解釈ですが、上に書いたように、一定の音色・音量・音程・響きが保持されていれば、安定した「支えられた音」と認識できると思います。
つまり、判断基準は「音」で、「支えようとしている」体の感覚ではありません。

音を支えるために、
おなかに力を入れて、固めようとしていませんか?
・脚が固まっていませんか?
・アンブシュアと楽器の関係がぶれないために、頭や首を固めていませんか?
・体が動かないように、と思っていませんか?

これらのことは、「音を支えようと体が頑張っている感覚」は得ることができますが、音を支えるためには、必要ありません。
このやり方で、音を支えられているとしても、音色や響き、演奏の自由度、音量の幅は制限されている可能性が高いです。


では、「音を支える」にはどうすればいいのでしょう。






バランスをとるために体は動いている
私たちがバランスよく立っていられるのは、体が微細に動き続け調整してくれているからだそうです。
・試しに立って両手を前にのばしてみてください。そして腕をふりまわしたりいろいろな方向に動かしてみてください。
別に不思議なことではありませんが、バランスを崩すことなくそのまま立っていられますよね。日常生活の中でも私たちはいろいろな動きや姿勢になりますが、特に何か意識しなくたって立っていられます。

・今度は脚を固めて(膝を張り、股関節・足首をロックする感じで)、両手を前にのばし、腕をふりまわしたり、いろいろな方向に動かしてみてください。
手を前にのばしたとき、体がほんの少し前に傾きませんか?腕を動かし始めると、さっきよりも足下が不安定になりませんか?
本当に微動だにしない「物」であれば、手が前に出るとそのまま前方向に傾いて倒れますよね。

私たちは無意識に起きている微細な動きによってバランスをとり、自分の体を支えています。
支えるために「固定しよう」とすると、体はその指令に従い、逆にバランスが取りづらく支えにくくなるんです。
演奏する時も普段立っている時も脚を固めることは必要ありません。むしろ自由に動ける方が、より思い切った表現をするときにも、対応しバランスを取って支えてくれます。





音を支える息について。
管楽器で音を出すためには、息を吐くことが必要ですね。
管楽器演奏の場合、息を吐く量は普段の呼吸よりも多くなるので、腹筋や骨盤底筋が働きます。
一定の音量で保つ(音を支える)ためには、一定の量の息を吐き続けることになります。
息を吐くときの腹筋の役割は、吸った時に横隔膜の働きで押し下げられた内臓を、上に押し戻すことです。
その時、腹筋を固定して支えようとすると、息を吐くという動きを止めてしまいます。
腹筋が動き続けるから、一定の量の息を吐き続けることができるんです
そして息を吐き続けることで音は支えられています。




アンブシュアとマウスピースの関係も、曲を演奏していれば変化し続けます。
必要なのは、音を奏でている間、密着し続けていることです。
唇と楽器をその場所に固定させることではありません。
演奏中に、自然に起こる頭や顎・アンブシュアの動きの変化に合わせて、唇とマウスピースを密着させ続けていたい、そのために楽器を持つ手・腕が唇方向にマウスピースをくっつけ続けます。

今説明した以外にも、たくさんの動きによって演奏が成り立っています。
それらの動きが音を支えています。




なので音を支えるために
頭と首は固めてなくていい、動けるようにしてあげよう。
・体も固めてなくていい、動けるようにしてあげよう。
・脚は、微細にバランスをとれるよう動けるようにしてあげよう。
・息を吐き続けよう、そのために腹筋は動いているんだ


そして、好きなだけ動いていいんだ
と思って演奏してみてください。



森岡 尚之 / モリオカ ナオユキ
トロンボーン&金管トレーナー/アレクサンダーテクニーク教師養成コース在籍
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2013年12月10日火曜日

楽器の構えを、ラクに

僕は楽器を吹き続けていると、楽器を持っている手に力が入って疲れたり痛くなることがよくあります。また、学校の吹奏楽部などへ指導へ行くと、同様の悩みを持っていたり、無意識のうちに楽器を強くぎゅっと握っている生徒さんをよく見かけます。


楽器を持つためにどれくらいの力加減で持っているか、考えたことはありますか?
手や腕に力が入りすぎているという実感を持っている方は少なくないかもしれません。
楽器を持ち上げて、歌口(マウスピース)を口に持ってくるという動きは、演奏するために必要不可欠な動きです。
つまりブレスやアンブシュア、タンギングについて考えるのと同じくらい、考える価値のあることだと思うんです!



楽器をどれくらいの力で持つか考えてみる


手元にペンや紙(落としても大丈夫なもの)があれば試してみてください。

①片手でそれを持ちます。
②そして、それが手を離れて(机か床、もしくはもう片方の手のひら)に落ちるまで、ゆっくりと持っている手を緩めていってください。
③持っていたものが落ちたら、また同じほうの手でそれを持ちます。
④今度は、それが手を離れて落ちる手前まで、ゆっくりと持っている手を緩めてください。

落ちる手前までなので、今度は落ちませんね。
ということは、最初よりも手を緩めていても、それを持ち続けられるのです。
「持つ」ための力加減に自由な選択肢があることがわかりました。

さて、では楽器をどうやって持ちましょう。
必要な条件としては、楽器が手を離れて落ちなければ十分だと考えます。
楽器を手に取り、手をおろした状態でその楽器の重さを感じて見ましょう。

私たちは物を持つとき、無意識に持つ前から、持つために必要な力を推測し準備しています。
人のかばんや、中身のわからないダンボールが思いのほか重くて(軽くて)びっくりした経験はありませんか?それは、そのものの見た目や自分の経験から勝手に重さを推測しているからです。
普段から手にしている楽器ならなおさら習慣的に、持つための力を準備しています。

けれど力は必要になるときに、必要な分使えばいいのです。
持つ前から、持つために力を入れる必要はありません。

なので、まず楽器の重さを感じて、それを持ち続けるために必要な力で持ってみてください。
(楽器が手を離れ、床に落ちなければOKです!)
思いのほか力を使ってないという感覚があるかもしれません!


そして自分の口まで持ってくるのは、腕の動き

手で楽器をもつところまで説明しました。次は楽器の歌口(マウスピース)を自分の口まで持ってくるという、「楽器を持ち上げる」動きについて。

楽器を持ち上げるとき、肘(ひじ)が大活躍します!!
実はこの肘、案外忘れがちになることが多いようです。
手をおろしているところから、肘だけを折りたたむように曲げてみるとそれだけで胸のあたりまで手が届きます。楽器を口まで持ってくるという仕事の大部分を担っています。
もちろん楽器を持ち上げ、マウスピースを口まで持ってくるには、腕全体が動きます。
ちなみに腕全体というのは、鎖骨・肩甲骨も含まれます。なので肩のあたりも動きますよ!

なので楽器の歌口(マウスピース)を口まで持ってくるために、
手は必要な力(楽器を落とさない程度)で楽器を持ち続けていて、
マウスピースが口に向かうために肘が曲がって腕全体のサポートがあって、
マウスピースが自分の口までやってくるんです。そしてそのおかげで音を出すことができます。

↑少し変わった言い回しに聞こえるかも知れませんが、あえて楽器を持ち上げる目的と動きの順番を明確にしています。



最後に補足として強調したいポイントは、
自分の口マウスピース持ってくるということです。
楽器を構える過程で、自分の顔を楽器のほうにやっているかもしれません。
すると顔(頭)が楽器にのしかかることになり、その重さは自分の手・腕で受け止めることになります。これは手や腕にかなり負担がかかります。持っている楽器にさらに重さが加わるので、手に力が入る(ぎゅっと強くにぎる)原因にもなりやすいです。
なので、自分の口マウスピース持ってきましょう。それがさきほど説明した腕の仕事なんですね。


それでも長時間演奏を続けていると、疲れてくるのは自然なことです。
そのときはしっかり休みましょう。演奏中でも、こまめに楽器を降ろして、腕を休ませましょうね!






森岡 尚之 / モリオカ ナオユキ
トロンボーン&金管トレーナー/アレクサンダーテクニーク教師養成コース在籍
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2013年12月1日日曜日

練習の評価の仕方

楽器の練習をしている時、自分の演奏をどんなふうに評価していますか?

以前の僕は、「結果」のみを基準に評価していました。
音が外れた⇒「ダメ」
音程が悪い⇒「ダメ」
というふうに。
この「ダメ」という評価がどこに向けられていたかというと「自分」です。
・音を外してしまう「自分」がダメ。
・音程が悪い「自分」がダメ。という評価をしていました。

その反面、「結果」ばかり意識しているので、
自分に無理のある奏法でとっさに「音をあてる」「音程を合わす」ということをしていました。
これは本番やリハーサルでは役に立つことがありますが、いってみれば緊急策のようなものです。
しかし、練習の時から「結果」だけで評価し、この緊急策をつかうことはどうでしょうか?
無理な奏法を何度も反復し、それが癖として身について、体を痛めてしまう可能性があります。
それにこういった練習の仕方はいまいち効果が得にくく、いつまでも自分の実力や技術に信頼を持てないのではないかと思います。



では、何を評価基準として練習していけばいいのでしょうか。
「自分がこうする/こうしたいと決めたプランを実行したかどうか」で判断してみると、どうでしょうか?

たとえば、練習が必要と思われる低い音から高い音への跳躍に出会ったとします。
いつも通り演奏すると上の音がうまくあたらず、下の音にはずれてしまいます。
そこで部分的な練習を始めます。
まず、その跳躍を演奏するためにどんなアイデアやプランがあるだろう?
考えたり、いままで教わってきたことを思い出せば、アイデアがいくつか出てくるかもしれませんね!


そこで、「出したい音をイメージしてみよう(ソルフェージュしよう)」というアイデアがおもいついたとします。
この段階ではそれでうまくいくかはわからないけど、このアイデアを実行します!


・・・結果は上の音があたらなかった、とします。
しかし、「音をイメージする」というプランは実行できました!
この実行したかどうかがとっても大切です。
音はあたらなかったけど、次のことがわかりました。


その跳躍を演奏するためには、「音をイメージする」というプラン以外にも何かする必要がある。
(これは、ひとつのプランを本気で実行したからこそわかる大事な情報です!)
また、音をイメージしていなかった時より、近い音が鳴ったり、あたりそうに感じたかもしれませんね。


では、「音をイメージする」というプランに加え、新たなプランを用意します。
「跳躍するときに、息をより多く吐いてみよう。」を実行してみます!


・・・結果は出したい音よりもさらに上の音にあたりました!
これも「外れた」と言ったりしますが、先ほどとは結果そのものが全然違います!
そして「息をより多く吐く」というプランを実行したからこそ生まれた結果です。
わかったことは、「息を多くする度合を減らしていいかもしれない」あるいは「アンブシュアを緩めてもいいかもしれない」ということです。。(もちろん上記以外のアイデアやプランはたくさんあります!)
そして、そのどちらかを実行します!


・・・練習していた跳躍がうまくいきました!!
こうした「プランを実行する」過程を踏まえ、「できた」という事実をしっかりと受け入れることもとっても大切です。


ひとつの例をとって説明してみましたが、このようにプランや意図を持って実行した結果は、音が外れてようがどうだろうが、良し悪しで評価するものではなく、次につなげれる一つの情報になります。
だから、演奏の「結果」を基準に評価するのではなく、「プランや意図を実行したかどうか」を基準とした方が効率的にうまくなっていけるんですね。
自分の技術への信頼も深まり、本番でも引き出しやすくなります。



練習が「ダメな自分をいじめて、変えようとする」作業から「自分の可能性に向かって冒険していく」作業に変わります。





森岡 尚之 / モリオカ ナオユキ
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